伊勢沢大滝登攀のはなしとOBのつぶやき

何故、この大滝に固執していたのか?

美しいから登りたい、という純粋な感情の他にも何かがあった。

有名ルートでもなく、超絶難しい登攀でもない。

しかし、僕はこの山行にこだわった…

 

 

皆様お元気でしょうか。OB(4年)の石川です。

ブログを少々お借りしています。

ワンゲルはついに都外活動自粛2年目を迎えたそうです。いろいろとやばいですね(笑)

そんな中、主将を始めとする多くの現役部員が部活動継続のために奮闘してくれています!!

特に自粛2年目の現2,3年生の苦労は計り知れないものでしょう。

いろいろ励ましの言葉が浮かびましたが、山を登るために集い、山を登ることで絆を深めた仲なので、山行記録という、エゴにまみれたエール⁈を送りたいと思います。

そしてこれは現役部員の山行ではありません。

前主将 石川

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<期間>

梅雨前

<山域>

裏丹沢 神ノ川水系 伊勢沢右俣

<メンバー>

石川、他大山岳部友人 (計2人)

<アプローチ>

西丹沢ビジターセンター→犬超路(ビバーク)【1時間程度】

犬超路→神ノ川ヒュッテ→伊勢沢出合(入渓点)【2時間10分程度】

<沢中>

入渓点→大滝(45m?50m?)→ジャンクションフォール→原小屋平→東野(下山) 【10時間程度】

<装備@団装>

ダブルロープ60m×1、スリング180×2、スリング120×2、アルパインヌンチャク×6、カム(#0.3~1)、ボールナッツ、ナッツ、ハーケン(ナイフブレード、アングル等5枚)、ハンマー、たわし

 

<記録>

何故、この大滝に固執していたのか?

美しいから登りたい、という純粋な感情の他にも何かがあった。

有名ルートでもなく、超絶難しい登攀でもない。

しかし、僕はこの山行にこだわった。現役時代の未練に区切りをつけるために…

 

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遡ること2年前。

「伊勢沢大滝」

この滝を知ったのは、沢登りをはじめて1年経過し「何か良い滝ないかな?」と沢登りに飢えていた時のこと。いつものように「丹沢の谷」をペラペラめくっていると、大きく垂直に落ちる大滝の写真が目に入った。こんなに美しい直瀑が丹沢にあるなんて!! 表丹沢の印象が強かった僕にとって、その規模と美しさは新鮮なものだった。

そして記録を読み進めるにつれて、この滝を登ってみたい、いや登るしかない!とあっという間に虜になった。そんな感情を自分の中で秘かに抱いていた。

「できれば在部中に登攀したい」そんな思いが強かったが、コロナの影響や部内でのトラブルで思うようなトレーニングはできず、結局引退前最後のシーズンもこの沢に手を付けることはできなかった。

それ以降、僕の頭の片隅には常にこの大滝の存在があった…

部活を引退してからは、個人活動が解禁され、フリーや雪山に勤しんだ。シーズン外であったが、伊勢沢のことは常に考えていた気がする。

沢シーズンに入ると、すぐにパートナーと都合を調整し、トレーニング山行をこなした。結局部内でパートナーを探すことはできず、外部の友人とロープを結ぶことにした。そいつも、他大山岳部主将を務めており、活動ができない時期に辟易していたので、この山行でパートナーを組めてとても良かった。

そして、ようやく梅雨前に山行を行うことができた。2年越しかな。

 

~アプローチ~

リモートでゼミを受けてから入山し、犬超路避難小屋でビバーク。軽量化のために個人マットを省いたら、硬い木の板の上にただ寝そべるという苦痛を強いられ、結果かなり浅い睡眠になってしまった。

そしてこの小屋、夜中に変な音がする…

マジこえーよ(泣)

次の日。

起床してすぐに小屋を出発。2019年の台風でガレガレの登山道??を歩き、神ノ川林道へ向かう。

この荒れ様だと一般登山道には当分戻れないだろう。

登山道、神ノ川林道と長いアプローチをこなしてしばらくすると、それらしき踏み跡を見つけた。当初の予定より手前の割と急峻な小尾根だったが、難なく下降できた。

下で釣り人に話しかけられたので、おそらく釣り人の踏み跡だったのだろう。その人曰く、もうちょい先のガードレールが入渓の目印らしい。

 

伊勢沢出合いで入渓装備を整え、7時半に入渓した。やはり朝イチは少し冷たい。

入渓してすぐに2段2条8mが現れた。上段の滝は左壁にトラロープが残置されており、A0で上がる。ここは逆層で細かく、悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく平凡な渓相が続くが、突然12m滝が現れる。左壁を登攀できるが、時短したかったので、残置FIXを利用して右岸から巻き気味で突破する。

 

 

 

 

 

 

 

 

三ノ沢、四ノ沢の二俣を越えてしばらくすると、大滝の轟音が鳴り響くが、中々その姿を見せてくれない。

前衛の2段15m滝を超えると、やっとハイライトの45m大滝が目に入る。(50mと記載されている本もある)

 

 

 

 

 

 

 

 

(伝われこの大きさ、美しさ!!)

行ってみたい山や滝、岩のことを長期間考えていると自分の中で美化されてしまい、実際に見た時には静観してしまうものだが、今回はそんなことはなかった。

その大きさ、美しさ、そして水量に圧倒され、しばらくその場に立ち尽くす。

パートナーと2人で肩を組んで写真を撮ったりして楽しんだ。

滝下で休憩をしながら登攀ラインについて話合う。下部からリッジを通して登るのが理想だが、岩は艶々と、そして黒々としており、明らかにヌメりそう。春先の水の少ない季節なら、美しく快適な登攀ができそうだが、今回は予定通り下部はルンゼ状をたどり、上部でリッジに抜けることにした。

~登攀~

1P目はパートナがリード。

岩がもろく、多少ランナウトするが、安定した登りを見せ、予定していたテラスでピッチを切る。

ビレイ点は残置のリングボルト×1にハーケンを打ち足した。全体的に残置は少なく、あってもその状態は最悪だった。中間支点でも1度ハーケンを使用。

2P目は自分がリードした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(探せば乾いたセクションもある)

ビレイ点から右上し、乾いた岩のセクションを登る。フレーク状の被った壁を越え、リッジに向けてトラバースしたのち、直上して落ち口に抜けた。沢らしくランナウトはするが、プロテクションは取れるところでしっかり決まったので快適にロープを伸ばすことができた。落ち口は釜状で水量が多く、ビレイ点の構築に戸惑った。落ち口付近で、灌木とカム、ハーケンを用いて支点とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(↑落ち口)

水量が多い大滝なので、ホイッスルを用いたものの、コールの通りは悪かった。コールがなくても互いの状況を察知し、登攀を進められるのが理想だと思う。

フォールの恐怖心より登攀の楽しさが勝り、程よい緊張感を保ったまま快適に登攀を終えることができた。

ここでガチャ類を仕舞い、大きく1本をとった。

(写真左の大きめのカムは使用しなかった。右の#0.3、ボールナッツ赤、ハーケン類を主に使用)

 

大滝後、ジャンクションフォールを超えると、4m滝が表れる。明らかに5~6mある立派な滝だった(笑) ここも難なく通過。

その後は涸れ滝が続き、特にロープを出すことなく原小屋平に詰め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

(快適な詰め)

 

原小屋平で装備を整理し、東野へ向けて登山道を降りる。二人でくっちゃべっていると2時間半はあっという間だった。

こうして伊勢沢右俣の遡行は終わった。登攀自体は短く、遡行とアプローチに長い時間を費やしたが、最高の山行であったことは間違いない。

ただ、数少ない写真を見返すと、登攀直後は微妙な表情をかましている。

山の神様許してください。これでも彼は楽しんでいます!!(笑)

記録はここまで。

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そしてここからがメイン。実は記録だけ書きたかったわけではない。

このコロナの状況で、昨年部活を運営してみて思ったことを、引退後の一歩引いた目線で書いてみた。

ワンゲルを本気でやりたい人は読んでほしい。↓↓↓

 

僕にとってワンゲルは何よりも優先すべきことで、常に情熱をもって活動していた。冬山も沢もクライミングも部内の活動として軌道に乗りつつあった。しかし、コロナ感染拡大による「都内・日帰り」の制限で、3年間の集大成となる合宿すべてを失った。錬成、本合宿、沢合宿、冬山の全て。

こういう時期に主将をしていたので、3年間のうち最後の1年間はあまり良い思い出ではない。

でも、”最悪”というわけでもない。

というのも、なぜか活動再開から引退までの約4か月の活動は楽しかったから。

「都内でできる山行なんて何があるのか?」 最初は絶望的だった。アルプスはもちろん、丹沢すら行けない。

ここで諦めることは簡単だったし、間違いなく楽だっただろう。

でも、やる気を保っていた仲間と話し合い、新しい活動をするとか、記録のない山行をこなすとか、別の目標を立てた。

もちろん普段通りの活動はできないので、常に苦しさは感じていたが、なんとか仲間同士であきらめずに足掻くことができ、結果として多くの経験を積むことができた。そして必死に足掻いている間はとても楽しかった。

僕にとって、当時の山行経験は、今の引退後の活動に生かされているように思える。もちろん今回紹介した山行でも。

 

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長々と書いたわけだが、僕らの代がとった方法やその目標がベストであったと言いたいわけではない。

ここで伝えたいのは方法どうこうではなく、この貴重な時間をあきらめずに、大切にしてほしいということ。

もちろん「部活に所属し続ける」=「貴重な時間を大切にする」というわけではない。特に山への情熱が強い人ほど、葛藤するだろう。僕自身、何度も退部して自分のやりたい山をやろうと思った。当時はその思いがかなり強かったが、主将という立場もあり、なんとか思いとどまった。

 

部活に所属している間は共通の意識・目的をもった仲間がいる。そんな仲間がいるというのは、登山をする上でとても恵まれた環境だと思う。部活を引退してからは、仲間を見つけやすい”ワンゲル”という団体で山を始めてよかったと日に日に実感している。

この長いブログをここまで読んでいるキミ。今後も部活を続けるならば、この貴重な時間を大切にするために、何かしらの目標を持ってほしい。”仲間×目標”はこの苦しい状況の中で、強みになると思う。例え、その目標を在部中に達成できなくても、そのために学んだ技術や知識は今後絶対に役立つ!

 

最後に。

もし僕の代でこのブログを読んでいる人がいれば、ワンゲルでやり切れなかったことを学生のうちにやろうぜ!!

 

P.S

掲載を許可してくれた現役の皆さんありがとう。

 

おわり。

 

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