ワンゲル恒例のヨセミテ遠征の時期がやってきました!!
こんなポップな書き出しをするつもりだったが,今回ばかりは少し真面目なテイストで書くことにする.
僕は昨年の8月末~10月初旬にかけてヨセミテとビショップにて,ひたすらクライミングと向き合う生活をした.そこで,岩を登ることと生き抜くことだけに集中する特別で幸せな時間を過ごし,その虜になった.
前回の遠征では目立った成果を出すことはなかったが,クライミングの聖地で言語化できないような多くのことを学んだ.
そしてそれは刺激となり,モチベーションとなり,より一層クライミングに熱中するようになった.
2022.08.29~10.03 Yosemite・Bishop Climbing遠征
今年はどんな夏を過ごそうか.修士2年になってから常に頭の片隅にあった.
学生最後だし,集大成的なツアーをしたい.
中嶋渉さんのスティングレイの記事を読んで,それはより強い思いとなっていった.
ちょうどこの頃から学部4年の後輩と良くクライミングに行くようになった.
彼らは駆け出しで,様々なスタイルのクライミングに興味を持っていたので,ボルダーからスポート,トラッドからマルチまで共に色々なルートを登った.
日にちなんて覚えてないが,どっかのサイゼで海外ツアーの話になった.
その時,彼(かがみ君)は目を輝かせながら「ヨセミテ行きたいです」,そう言い放った.
僕にとっては衝撃であった.嬉しさの反面,正直難しいだろうなとも思った.
我が部は山岳部のように日常的に登攀をするわけではなく,クライミングに特化した部活でもない.いわゆるクライマーのOB・OGは少なく,指導できる人もほとんどいない.
僕はそれを実感していたので,昨年はクライミングの下地がある部外の友人をパートナーとした.
また,ヨセミテは決して易しい(優しい)岩場ではない.グレード帯は広いものの,低グレードからプアプロでランナウトは必至.技術,メンタル共に相当なものを要求される.そんな場所だと知っていた.
彼の申し出に対し,「とりあえず,トレーニングしようか」,僕は曖昧な返答をした.
(彼の熱意に押され,そして僕自身のツアー成功を目論んで)
4月中旬から後輩とトレーニングを開始した.
まずは岩独特の感覚を掴んでもらうために,ボルダーを登った.僕は二~三段,後輩は3~1級前後の課題に取り組んだ.
その後クラックをメインに小川山.マルチとワイドを求めて瑞牆に足しげく通った.
大体,34 days/130日くらい.
梅雨や学業の都合もあったため,徹底的なバムはできなかった.
しかし,これにジムでのトレーニングを合わせると,2日に1回はクライミングをしていた計算になる.僕はジムスタッフとしてバイトしているので,その時間を含めるともっと酷いことになるかもしれない(笑)
<トレーニングでお世話になったルート(だいたいね.再登も含む)>
・5.10以下 小川山レイバック(フリーソロも)
・5.10台 マガジン,冬のいざない,カサブランカ,ジャク豆,クレジャム,サイコキネシス,ノーリターン,最高ルーフ,キビタキなど.瑞牆無名ワイドなど
・5.11台 アストロドーム,春うらら,イムジン河など
・マルチ 小川山,十一面周辺ベルジュなど(11⁺~12台を除く),継続登攀
・ボルダー 1級サーキット,石楠花エリアの二~三段
・某橋の下クラック
一緒にトレーニングするにつれて,後輩のヨセミテに対する熱意は本物だと分かった.
最初は小川山レイバック(5.9)すらまともに登れず,プロテクションの知識すら皆無だった彼は,いつしかクレイジージャム(10d)をFLし,ベルジュエール(11b,10P)を継続登攀の一環として登るようになった.
それに対し,僕はスーパーイムジン(12bc)をバラしたのに決めきれなかったし,春うらら(11b)をFLできなかった(2撃泣).
((こんな先輩情けないなんて思ったことも))
国内のトレーニングを着々とこなした僕らは,目標を立てた.
チームとしての目標はハーフドームRNWのビッグウォールスタイルでの登攀(フリーかつエイドで).
個人としてはMidnight lightning, Astroman(下部だけでも), Separate realityのFL.
チームワンゲルとして登ることに自信をつけ始めた僕らは,ヨセミテ行きを決定した.
期間は8/28~9/25,酷暑期でシーズンじゃないのは昨年で分かっていた.同時に朝と夕方そして日陰は涼しく,エリアさえ選べば十分登れることも分かっていた.
“とにかく安く”をモットーに,機内食抜きの飛行機,そしてレンタカーを予約し,足りないガチャを友人に乞食した.
こうして出発当日を迎えた.
さて,なぜタイトルが(地獄編)なのか.
現地時刻9/7,エルキャピタンのクラシックルート,East buttressにて墜落事故を起こしてしまったからだ.
このルートはビッグウォール登攀に向けたアップ,つまり準備段階という位置づけだった.
事故発生はプアプロセクションでのこと.要因はプロテクションに対するやってはいけない動的テスティング,その結果バランスを崩して墜落…
このブログは単なる事故報告書にしたくないし,事故を起こした当人を弾劾するものではない.なので,これ以上は言及しない.
本人が一番反省しているだろうし,僕ら2人しか知らないあの地獄の下山を片足でこなした彼は本当にすごい.
彼の頑張りもあり,僕はYOSARを呼ぶことなく彼を無事地上まで降ろすことができた.
翌日現地のERに行った結果,早めの手術が必要ということだった.
早期帰国を決断し,今回のツアーは約2週間を残してその幕を閉じた.
そもそもブログを書くべきか,公開するべきか,書くとしたらどんなテイストで書くか,僕は大いに悩んだ.そして書くという決断が正しいのかは今も100%の自信をもって断言できない.
僕の周りには四段・5.14を登り,トラッドで12台を登るクライマーが多くいて,彼らはそれなりのリスクと常に向き合っている.だから,こんな経験はちっぽけなものかもしれない.そして,今やどの団体にも属さない僕にとって報告する義務も必要性もなく,アウトプットする行為はもはやただのエゴだ.
でも,この経験はブログを読んでいる絶滅危惧種的どっかの誰かの糧になるかもしれない.
そして,かつて農工大ワンゲルという団体に属していた人間として,後輩と一緒にヨセミテを目指していたという事実が存在する.これらを踏まえ,僕はこの場でこのエゴを押し通したい.
事故ったことで,達成できなかったこと,挑戦できなかったことは沢山ある.
(FLできたであろう課題,今後の目標になったルート,登るべき課題…)
学生最後のヨセミテということ,そしてそれなりに身体を作ったということもあり,今まで味わったことのない悔しさを僕は今嫌というほど嚙みしめている.
でも,僕はこんなことでクライミングキャリアにピリオドを打たないし,後輩にもそうなってほしくはない.
自分が3年生の時の1年生,そんな特別な関係の後輩と目標をもってトレーニングし,短いながらもヨセミテで一緒に登りこめたことは,どんな成果にも代えがたいとても貴重な経験だ.
今僕はそう捉えている.
山岳部・ワンゲル界隈でクライミングを始めた学生にとって,ヨセミテでそれなりの成果(フリールート)を出すことは容易ではない.
モチベがある人が少ないことも要因だが,十分なノウハウが欠如していることもその一端を担っているはずだ.
この2年間の遠征で,ヨセミテで登るということ,更には後輩と目指すにあたってのトレーニング方法など,少しは役立つノウハウや戒めを得ることができたのではないだろうか? (ワンゲルの活動である沢,岩にも言えることだと思う)
<戒め>
・ヨセミテは決してグレードだけで判断できない
・ノープロやプアプロセクションは完全にメンタル.絶対に落ちてはいけない場所での身のこなし方,その場数をどれだけこなしてきたかがモノを言う
・アルパイン的な経験値は必須.そういうトレーニングをもっと重視すればよかった
・ハイボルダー,ノーマットスタイルはトレーニングとして有効
・的確なロープワーク
・敗退のイメージをもって登攀する,今回はナッツ2個を残置して懸垂した(その後,後続がカムで補強して残置を回収してくれた)
・ルートの分析
・軽量化も大事だが,横着してはいけない.捨て縄持参していてよかった.
・十分なテーピングを持参,骨折,流血なんでも使える
・後輩は先輩に遠慮してはいけない,ノープロセクションで無理かもと感じたら必ず言う
・クライミングは命を懸けている行為だとその都度自覚する
・海外遠征が適用範囲内の山岳保険に加入する
・YOSARの連絡先をメモっておこう
・実力差の激しいパートナーと組む時は要注意
最後に.
書きたいことが多く,少し迷走してしまった.
人によってこの記事の捉え方はそれぞれだろう.クライミングに興味を持ってもらえればこれ幸いだし,何か他のことのモチベに変換してもらってもいいだろう.(そんな人がいたら嬉しいです)
でもこの記録を,事故った=失敗,そして“怖い話”ましてや“クライミングは危険”という単なる事実として捉えてほしくはない.
ヨセミテに限らずだが,もし今後海外でのクライミングを夢見る後輩が現れたなら,是非この経験を何らかの糧にしてほしい.気になることがあれば連絡してほしい.
その時は少しばかりは力になります.
簡潔にと思ったが,レポート並みに長くなってしまった.
今回の目標だったハーフドームをロゴとするノースフェイスのモットー,“Never stop exploring”(冒険を止めるな),これをメッセージとして地獄編を終える.
次なるは天国編⁈
さて誰が書くのだろうか?
僕より先に書く人はいるのだろうか??(楽しいことをしたならば誰にでも書く権利はある!)
もう目標は決まっている.立ち止まっている暇はない.ただひたすらトレーニングするしかない.
>>>
※1 装備を貸してくれた皆様,ありがとうございました.
※2 現地で下降を助けてくれたローカルクライマーのお二方,感謝しかありません.(Special thanks to the two local climbers who helped us on our descend.)
文責:6年会(M2)石川 航
ここからは大雑把なキロク! 本編⁈
・8/28サンフランシスコ着
・8/29 買い出し&ヨセミテ着
・8/30 身体ならし
・8/31 エルキャップベース
・9/1 エルキャップベースとミッドナイト
・9/2~3 スコール.マジF*CK.登れないのが最もつらい.
・9/4 ミッドナイトからのマルチ継続
・9/5 ミドルカシードラル,サーキットブレーカー
絶対に下部3Pは10台ある!!(笑)
2P目でかがみが落ちて若干石川キレ気味(笑)
・9/6 レスト日,マット返却
マットを早く返さないとお金がかかる泣
マウンテンショップの店主が超いい人.バレー内に売ってないものがあったらここに行こう.(Alpen glow)
・9/7 イーストバットレス
リトリートは地獄絵図.
・9/8~9 事故処理,病院など
・9/10 Bihop
飛行機まで時間があったので,寄り道.高難度やる気が起きなかったので,再登したり,目標課題をチェックしたり.
・9/11~12 帰国.時差と飛行機で12日が丸々吹っ飛ぶ.
<面白かったルート達>
・Midnight Lightning⚡
世界でもっとも有名なボルダー.
初登から45年経つが,今も世界中のクライマー達の目標となっている.
最高にカッコイイムーブと独特なマントルで構成され,最後まで気が抜けない.
所謂ライトニングホールドへのデッドより,マントルが嫌だった.(リーチ…泣)
何はともあれ昨年のリベンジができて良かった.グレードはV8だが,ローカルクライマーによると,ホールドやスタンスの摩耗により今はV9という人が多いらしい.僕は国内で三段を登っていて,V8(二段⁻)はサーキットの一環で登ったりする.ってことはやっぱりグレード以上に難しい課題なんだと思う.
でも,グレードなんてどうでもよい.例えV0だろうが絶対に向き合っていただろう.
ヨセミテレジェンドのRon KaukとJohn Bacharによる初登争い.そして岩雪72号の表紙となり日本にフリークライミングの波をもたらしたきっかけ.更に,僕らにとっては稲妻のようなものだよという,何とも格好良いアイコン的存在.
まさにキングライン!!!
本当に素晴らしい課題を登ることができて最高に幸せだ.
伝統に従い,ミッドナイトマークにチョークを足してきた.
・Central Pillar of Frenzy
岩がオレンジ色でとてつもなく綺麗.そしてとてつもなく悪く感じた.5.9だって⁇(笑)
杉野さんの言う通り,最初の3Pは心してかかるべき.
・Circuit breaker
ヨセミテ100課題に選ばれるフィンガークラック.ボルダーだとv2,ロープだと11b.
どっちでやるって?? グランドアップかつボルダースタイルでしょ!!
他の楽しかった課題はかがみ君がセレクトしてくださいな.
ここからは, かかみ’s セレクト. だいぶ時間が経ちましたが(笑)(2023/11/27)
・Lunatic Fringe
「なんだあの綺麗なクラック??」と、道路からも見える素晴らしいクラック.
レイバックの足はツルツルだし, めちゃくちゃ長いし(45m?), ヨセミテの洗礼を受けたルート.
・Moby Dick
中盤~後半はバチ効きのフィストで, ぶっちゃけ昇天しそうでした.
久しぶりに”拳”で語り合った気がする卍卍
・5.10 Finger Crack
Camp4から近い!! 景色もいい!! 綺麗なフィンガー!! やらない理由が見当たらないですね.
名前の割りに難しくてびっくりした(笑)
<用語説明>
※簡易的なものなので、気になったら詳しく調べてみてね!
〇ヨセミテ
アメリカ合衆国カリフォルニア州にある国立公園の名称.佐賀県より少し大きい位の面積.フリークライミング始まりの地として知られ,クライマーたちは聖地と呼ぶ.
〇ビショップ
同じくカリフォルニア州,ヨセミテから車で4時間ほど.砂漠の中に大小さまざまな岩が転がる.大きいものは15mほど.ハイボルダー(高い岩)と言えばビショップというほど,ここ聖地と言っても過言ではないだろう.
〇中嶋渉さん
個人的に尊敬してやまないクライマー.ボルダーからトラッドまで,とっても強い御仁.僕が紹介するなんておこがましいので,調べてみてください.
〇ボルダー
ボルダリングの略称として使っているが,本来の意味は“岩”.5~10m程度の岩をシューズとチョークそして自分の身だけで登る行為.最も原始的な登攀スタイル.
〇トラッド
トラディショナルの訳.クライミングスタイルの一種.岩の割れ目や節理を使ってプロテクションを取りながら登る行為.でも,ボルトを使ってもグランドアップで登れば,それはトラッドの一種であるような気もする.クライミングのスタイルって難しい.あくまでも僕個人の理解の仕方.
〇スポート
スポートルートの略.高難度を追求するために,ボルトを打ってルートを作る.比較的安全性が確保されていて,よりスポーツ的
〇小川山
長野県川上村周辺にある小川山というピークを指すのではなく,廻り目平周辺の岩峰群を意味する.日本屈指のロッククライミングのエリア.日本のヨセミテと言われているが,誰が言い出したんだ??
〇瑞牆山
山梨県北杜市にある,小川山と同じく日本屈指のクライミングエリア.ワンゲル御用達の山でもある.現役時代,縦走で何度も登ったがクライミングの視点で山に入ると,とてつもなく歴史あるエリアだということが分かる.
小川山より高難度ルートが充実しているイメージ.
〇マルチ
マルチ商法ではなく,マルチピッチの略.ロープ1回分の長さで登れない長さのルートを登るときのクライミング手段.50mロープで3ピッチなら,大体150mのルートを表す.
〇ワイド
ワイドクラックの略称.体が半分くらい入る岩の割れ目,通称“オフィズス”から体がすっぽり入る通称“チムニー”まで多様.ワイド専門のクライマーがいるほど,奥深い世界.でも登れない人からすると不快極まりない⁈
〇ランナウト
プロテクションが取れない状態を示し,その分墜落距離が長くなる.時には10m近くランナウトすることもあり,それがルート核心前後だとRマークがつく.ヨセミテではランナウトすることが多々ある.
〇プアプロ
プア(貧弱な)プロテクションの略.落ちたら吹っ飛ぶようなプロテクションしか取れない状態.
〇ノープロ
ノープロテクション,つまりプロテクションが一切取れない.ランナウトとほぼ同義.
〇テスティング
プロテクションの効き具合を確認する行為.静的なものと動的なものがある.
○クラック
岩にできた割れ目のことで様々なサイズがある。岩の割れ目に指や手、はたまた体を突っ込み、岩との接地面積を増やすジャミングと呼ばれる技術を駆使して登る。
ビッグウォールでは、クラックが弱点になるため、ヨセミテでは否応にもクラック技術が必要。
○プロテクション
墜落時に地面に叩きつけられないように、クライミング中に設置、もしくは事前に設置してあるもの。カム、ナッツ、ボルト、ハーケンなどその種類は様々。
ヨセミテではクリーンクライミングが原則で、岩を傷つけないように、カムやナッツといったリムーブできるプロテクションを使用する。
○グレード
クライミングではルート、ボルダーそれぞれに対して、初登者が難易度を表すグレードを与える。ヨセミテはYDS,Vグレードがそれぞれ用いられている.日本ではルートグレードはYDS、ボルダーには独自の段級グレードを基準としている。設定グレードに対して体感グレードが難しく感じると、辛いなどと言う。そして、ヨセミテは日本に対して辛いと言われてるし、僕も大方それに賛成(笑)
○FL
フラッシュの略称。誰かがルートを登る様子を見た上でトライし、たった1度のトライで完登すること。完全なる初見で登ることをオンサイトという。
○バム
クライミングのためだけに生活する、クライミングバム。そんな人たちのセリフは決まって、「仕事する暇なんてない!」
別名、フルタイムクライマー。クライミングを突き詰めるとここに行き着く。
○エイド
人工登攀。設置したプロテクションを掴んだり、エイダー(あぶみ)をかけたりして登る行為。フリークライミングの対局に位置する.
〇フリークライミング
ロープを使用して登るがあくまでもそれは安全確保のためであり,前進のためにギアを使わない.自分自身の身体のみで登攀する.
〇YOSAR
Yosemite Search and Rescue
ヨセミテ専門の山岳レスキュー(ボランティア)